マルコニクス・リキャリブレーションの感想

森さんのマルコニクス・リキャリブレーションを受けたのは、一年前の春。
たまたま行くことにしていた横浜のイベントに森さんがいらっしゃることを知り、
写真サービスでお世話になったお礼を兼ねてお会いしてみたいと思ったことからです。
事前に拝見した森さんのHPで紹介されていたマルコニクス関連の情報は、
初めて聞くものでほかの情報がほとんどなく、
幾多もあるヒーリングに、さらにまた新しいものがでてきたモンだという印象で、
わたしには、それを森さんから紹介されていることにインパクトがありました。
とはいえ、興味は募るもののお財布事情により見合わせることは決めていました。
ですので、森さんに実際お会いしたときに、マルコニクス・ヒーリングを受けたのも、
リキャリブレーションの代替のような感じで自分の納めどころのつもりのはずが、
施術後に、マルコニクス・リキャリブレーションの申し込みをしたのは、
当然の成り行きというよりも、最初から確定済みのことだったと今でも思います。

リキャリブレーションは、マルコニクス・ヒーリングの時とは全く違った体感で非常に気持ちがよかったです。
施術台に横たわり目をつむって受けるわけですが、
自分の身体の感覚に注視しどのような影響を受けているのかと意識を巡らせ、
最初のうちは、身体に流れるエネルギーを感じながら、あれこれと頭が働きますが、
次第に意識の感覚が曖昧になって、ただ受けていることを味わっている。
それでも初回は意識の自覚はありました。
足元で何かの気配(というほどの確かなものでもなく)があり動いている感じ。
何かしてくれていると思ったので、森さんかと思うけど、森さんはここじゃないのにな?
自分が現実にいて今いる部屋を思い起こしてみると、
その閉鎖された空間が、なんとなく手術室で手術台に乗っている私を想起して、
何かが取り囲んでいるような印象をただぼぉっと感じている。
周りで起こっている事よりも自分の肉体的感覚に意識を向けていたので、
終わった後、森さんから、たくさんの存在が来ていたと言われて、そういうことかと納得。

二日目では、前回の施術でエネルギーの道筋ができたのか、すんなり同調したように気が付くと自分のいび
きで起きる。恥ずかしいので絶対に寝るまいとするけれど、また深く入ってしまうという感じで、
前回のように、観察しようとする余地もなし。
周囲に何かの気配を感じるというよりも、宇宙空間の異次元の中にいるようなイメージで、
たくさんの光がくるくると回って、曼荼羅というかフラワーオブライフのようなと言ったらいいのか、
中にいるような感じでした。
意識は、宇宙の海をぷかぷかと浮いたり沈んだりするような心地よさで、終わりが来るのが嫌だなと思ったの
は覚えています。
途中、たぶんはじめの方だと思うのですが、お腹に痛みが入って、ちょっとマズイなという意識が働いたけれ
ど、ソーラープレクサスチャクラに作用した施術の一環だと思ったので、やっぱりココかぁと自分に苦笑してしまった。
後で森さんに伺うと、頭はパかっととれたけど、足とお腹はフタが固かったとおっしゃられて、なるほど面白い。

その後の経過は、現実的な特段の変化はなく若干の期待感は肩透かしのようなものもあるけれど、私らしいな
という予想通りでもあります。
当時は、人生の大きな行き詰まり感もなくなって、もっとその先にいきたいという欲求と何らかの明確な目標も
特にない自分への焦りがありながらも、今そこにくつろいでいる自分がいて、その両極が、ゆらゆらと
揺れては返すさざ波のような感じに和らぎつつも続いてました。
私は、このスッキリしないこの状態への起爆剤のようなものを求めていたところがあります。
この一年、行きつ戻りはしつつも、自分の心の中の不安が大きくなって、日常的に多幸感に浸ることが多く、
振り返るとなかなか取れずにいた自分にとっての拘りのポロポロと取れて薄らいでるのに気づくのも
楽しいことです。
今は大きな現実的な変化はなくとも、内面の頑なな「わたし」を形成していたたくさんの私の一部が、優しく
ほぐれてきているのを感じていますが、そういう過去との比較で自分中の成果をひとつひとつ数えるようにして
余韻に浸るのもいらない。
そして、「これでいいんだ~」という自分自身を含めた起きていることにOKを出せる自分が定着してきた感じで、
ようやく、この感想文を書けるときがきたんだと思います。

感想文を書くにあたって、
(森さんは、時間が経ちすぎて依頼をされていたことをお忘れかもしれませんが)

お約束した時は、書けるかどうかという迷いを打ち切るつもりでしたが、
まさか、こんなに長い時間をかけるつもりはありませんでした。
お待たせして大変申し訳ありません。
施術が、私の認識できない深いところで色々と左様しているのを感じていると同時に、どう言葉にしたらいいのか、
言葉という形にあてはめられるものが見つからずに、夢のようにみ(観じ)たことすら記憶に残らず
自分の中に溶けて見えなくなってしまうようになるのが、勿体なく思うと同時に、言葉にすることで、
それが力になるとも思っていたので、森さんとの約束は、私にとって必要なものでした。
といっても、今となっては忘れてしまったことの方が大半だと思います(笑)
これまで、約束を果たしていないことが気がかりではありましたが、なかなか書く気になれません。
そして、その書く気になれない自分もOKであることを、自分を縛るものは何もないということを
私自身に沿い得ている(認め受け容れている)ような感じでした。
感想を提出することで、また一区切り自分を整理することができました。
お詫びとともに、本当にありがとうございました。

追伸
リキャリブレーションは、本当に気持ちがよかったので、また受けられたらうれしいなぁとたまに思います。
おそらく、その時の事を思い出すだけでもヒーリング効果はあるのでしょうね。
重ねて感謝を。

 
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